ココロもカラダもまんぷくに

こどもの為の食堂に取り組むまでの経緯、日々の日常、食べた物など気が向くままに

川口高齢夫婦殺人事件

やるせない気持ち - ココロもカラダもまんぷくに

 
 
 
先ほどに引き続き、またまた、一個人の感情の
内容の記事になります。
 
 
ネットワークにこういう記事を残す事、自分の発言の重大さを重々承知の上、あえて載せます。
 
亡くなった方への冒涜になるかもしれません。
 
お気を悪くされる方、是非この先は読まないでください。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
この事件の真相を知れば知るほど、怒りと涙が湧き出てきます。
なぜ、こういう判決をするのか。
 
保育園などに入る前までは、子供にとったら親が世界の全てです。
 
保育園、幼稚園に行くようになってもやはり親が世界の全てです。
ただ、徐々に周りを見ながら、小さいながらも自我を出すようになりますよね。それが人間の知恵やと思います。
 
 
それが小学校高学年にもなると、今まで子供にとって、親が正しいと思ってた事が、「うん?なんかちゃうぞ」とか、「他の家はこうやのに」とか、それが正しいか間違ってるかは別にして、社会のコミュニティーの中で色んな情報を仕入れ、頭こんがりながら、間違った道進んでは引き返し、また修正したと思えば迷路に迷う。時々自分の失敗に傷つきながら。
 
それの集大成が、思春期じゃないでしょうか。
 
 
社会とのコミュニケーション、彼には全くその機会を与えられなかった。
でも、彼には優しい気持ちはすごくあって。
 
小学校5年生から全く社会から遮断され、14歳のときに少年自ら生活保護を求めに行き、それまでの野宿生活から解放され、簡易宿泊所でありながらも、雨風しのげる家に住めるようになった日々。
 
 
その間、13日フリースクールに通ったらしいですが、当時の責任者の方は、「反抗的とか一切なく、仲間に入りたいけどなかなかその輪に入れない、ちょっと引いたところでみんなの楽しそうな様子を見てる感じでした」と。
 
 
こんなに荒んだ環境であれば、また、人との関わり方を知らない子であれば、暴力に訴えたりとかしてもおかしくないと思います。
少年自身も、義父から前歯4本折るような虐待受けてたみたいですし。暴力された子は暴力で返す、それであって不思議では無いのに彼はそれをしなかった。
 
 
また、彼は母親と別の父親との間に出来た妹の面倒も学校に行かず育てたようです。
 
 
自ら生活保護を求めに行く知恵、それは知恵とは言わないかも分かりません。本当に生きるために必死だったんでしょう。母親に「よくやったね」と言ってもらいたかったのかもしれません。ただ、それさえも、生活保護下においての「しばられた生活は嫌」との母親の考えで、また世間から身を隠しての生活が始まった。
 
初めて知ったのですが、「居所不明児童」というそうです。
 
 
その中での、「殺してでもいいから、金借りてこい」との母親の言葉。
 
借り先は、母親の両親。。。
 
 
確かにあかん。絶対人は殺したらあかん。
 
母親の両親(殺された祖父母)も、娘に見切りつける気持ちは分かります。どうしようもなかったんでしょう、育児放棄しながら、子供に平気で金の無心するような、娘だったんですから。
 
しかしですね、孫は関係無い。
もっと言えば、その娘に育て上げた親の責任もあるんじゃないでしょうか。
 
育て方の事を言ってるわけじゃないんです。
周り見ても、「みんな同じ育て方してるねんけどなぁ」って首かしげるほど、三者三様というか、子供が二人おっても全然違う性格、三人でも、また違う性格と、親の悩みは尽きないものです。
 
 
その中で、もし仮に我が子がモンスターになったとして、その罪は子供自身でかぶればいい。我が子自身だけの問題なら。
そんなん、ケツふく方が過保護やと思います。
でも、第三者が絡んだとき。
それは犯罪被害者の方に対してもそうなんですが、子供がいくつになっても、親は責任感じないと嘘やと思います。子供が60歳でも、人様に危害加えたらそれは親の責任もある。
社会的には、「そんだけ大人やねんから親関係ないやん」という風潮がもしあったとしても。
それは社会、他人様が言う事で、親自身はその気持ちをもってないといけないんじゃないでしょうか。
 
 
ましてや、今回、我が孫。
これまでの状況も知ってるはず。
もう少し手を差し伸べられなかったのか。
裁判員の方も、そこは言及されてました。
 
 
母親の姉の方に、「あなたを責めるのではないが、周囲にこれだけ大人がいて、誰か助けられなかったのですか?」って。
 
 
うん。ちょっと待って。裁判員の方もここまでわかっていながら、少年は懲役15年?
 
 
殺害方法も自分で考えたからというのも一因だそうな。
 
賢い子やと思います。
なんせ、14歳にして自ら生活保護求めに行くくらいですから。
フリースクールでの様子からしても、周りの空気をきちんと読み取れる子やと思います
 
この子は殺したくて殺害方法を考えたのじゃない、お金を何とか持って帰らな、その手段になってしまっただけで。
 
 
 
でも、この子はモンスターじゃない。
 
親が「殺してでも」と言ったのは借金を確実にするための言葉でしかない、判決で言い渡されたそうですが、それは普通の環境下においての事です。この少年には、それが伝わらなかった。てか、伝わるわけない。
どう考えても殺人教唆。
 
 
そもそも、例えば、「もうええわ!」とかそんな言葉は、ほんまにもういいと思ってるわけじゃなく、愛情あって成り立つ言葉です。
この記事で茶化した事は言いたくないのですが、私自身、娘にここでは書けないような暴言吐く事あります。今めっちゃオブラートに包みましたが。
 
 
あくまでも、この少年は自分の快楽や、自分だけの欲のために犯行に及んだわけじゃない。
 
色々な凶悪事件がある中、よく「更生の余地あり」と、被害者が理不尽かつ残虐な殺され方してても未成年という理由で私が思ってるよりも刑が軽い事件はいっぱいあります。
てか、ほとんどです。そもそも殺人は絶対やってはいけないことなんですから。
 
 
でも、このケースに関しては堂々と声を大にして言いたいです。
 
 
 
「更生の余地あり」
 
「親の責任は非常に大きいが、どの親も責任を果たせるかというと、できない人もいる。追い込まれている家族がいたら、公的な手段で、子どもだけを救出するのではなく親子両方を支えるような支援が必要だ」と専門家の方が言ってるようです。それはその通りやと思います。子供食堂という取組みのすばらしさもそこです。小さいお子さんを抱えて、いっぱいいっぱいになってる人が、いろんな人とかから情報もらっていろんな知識をもってほしい。私自身も世間に甘え下手でしたから。
 
ただ、公的な手段の支援でいうなら、この少年には刑務所という環境ではなく、少年院(これがベストな施設やと言ってるんじゃないですが、少年更生のプロがいてると思ったんで例に挙げただけです)とかで、まず彼が失った時間を取り戻すことに全力の支援をしてあげてほしい。
 
 
今回の判決、本間にがっかりでした。がっかりというか、ここまで日本の裁判官があほやと思いませんでした。
 
この事件で思い出す事件があります。
 
 
 

巣鴨子供置き去り事件 - Wikipedia

 

 

柳楽優弥さん主演の映画、「誰も知らない」

 

このモデルになった事件です。

 

事件当時は私は小学生、このことを全然知らなかったのですが、最近子供のことを調べるうちにたまたま知りまして。

 

 

柳楽優弥さんがこの映画で注目浴びたことは記憶にあるのですが、まさかこんな内容の映画とは知らず。

 

 

この時の判決も、母親がすごく軽く感じますが、それは時代もあるかもしれません。

ただ、この時は少年の状況が考慮され、養護施設に送られたそうです。

 

 

巣鴨の彼と今回の少年の年齢が違うのもわかります。

若年化する凶悪犯罪により、刑事責任能力を問う年齢の引き下げもわかります。

 

ただ、当時17歳とはいえ、今まで社会のコミュニティーから閉ざされた少年に、ずっと過酷な環境でそれでも母親がすべてだった少年に、

そういった事情を配慮するといいながら懲役15年??

 

検察の求刑の無期懲役から配慮したってこと?????

 

 

 

ほんま・・・

 

ふざけんな!!!!

 

味噌も糞も一緒にするな!!!!

 

 

とっても叫びたい気分です。

 

 

 

 

 

※ここで挙げた情報は、ネットで拾い拾いしたやつなので、もし事実と違うことがあればすいません。なるべく気をつけたつもりですが、間違っていればすぐ対応いたします。